境内のご案内/春日の杜散歩/南門から若宮神社へ

南門から若宮神社までは御間型灯籠(おあいがたとうろう)が並びます。


■御間道

御本社と若宮社の間の道を尊んで御間道(おあいみち)と呼んでいます。 850年以上も神官や崇敬者が往復した道で、本社と若宮の間を百度千度万度と往還する祈祷も盛んでした。
この道沿いには、古い石燈籠が立ち並びます。 康暦2年(1380年)の燈籠を始め室町時代から江戸初期の燈籠が多く、古くから信仰の道であったことを物語っています。
東側は、御蓋山の神聖な森で、道の中ほどに、御蓋山山頂の本宮神社の遥拝所のしるしとして小さな鳥居が立っています。 真昼にも濃い影が落ち、石燈籠と共に森厳な景観を形作っています。
この道沿いには、古い石燈籠が立ち並びます。 康暦2年(1380年)の燈籠を始め室町時代から江戸初期の燈籠が多く、古くから信仰の道であったことを物語っています。
東側は、御蓋山の神聖な森で、道の中ほどに、御蓋山山頂の本宮神社の遥拝所のしるしとして小さな鳥居が立っています。 真昼にも濃い影が落ち、石燈籠と共に森厳な景観を形作っています。
■天然記念物竹柏(なぎ)の純林

灯籠籠の奥の森には、殆どが竹柏(なぎ)の木だけという純林が多く見られ、極めて稀であるとして大正12年に天然記念物に指定されました。 御間道の中程には、その特色が分かる場所として、天然記念物ナギ樹林の立て札が立っています。
竹柏は暖かいところに自生する木ですから、春日大社にあるものは、古くに献木されたものが、 鹿も食べないところから繁茂して樹林を形成したのだと考えられています。
鎌倉時代には、すでに繁茂していたことが記録から類推され、実際樹齢が850年と考えられる木も確認されています。 春日社では古くから榊の代わりに神事に用いられた神聖な木でもあります。
竹柏は暖かいところに自生する木ですから、春日大社にあるものは、古くに献木されたものが、 鹿も食べないところから繁茂して樹林を形成したのだと考えられています。
鎌倉時代には、すでに繁茂していたことが記録から類推され、実際樹齢が850年と考えられる木も確認されています。 春日社では古くから榊の代わりに神事に用いられた神聖な木でもあります。
■若宮の大楠

幹周が約11.5mあって、奈良県下で1、2を争う巨樹です。江戸時代の半ばに大雪のため上部が折れたことが知られ、今のような樹形になったと考えられています。かなりの老木でもあり、千歳楠という別名もあって、その堂々とした姿は、御間道の景観に更に深みを与えています。
■若宮椿
おしべが花弁化した八重咲きの花で、花の色は真紅です。花弁の形や配列が一定にならないのが返って魅力的な姿で、愛好家の間で若宮椿と呼ばれ親しまれています。3月から5月初旬までの比較的長い間花が楽しめます。
また椿の木の上にはモッコクの大木がそびえ、若宮大楠と向かい合って夏でも涼しい木陰を作っています。
■若宮神社の八ツ房の藤

若宮社本殿北側の竹柏に巻きつく藤で、屋根を覆うように花をつけます。八ツ藤とも称される濃い紫の八重咲きの藤で、花の時期も通常の藤より1週間から10日ほど遅く、例年は5月初旬から半ば頃です。
文明元年(1469年)にこの地に2本の藤が一夜のうちに生えるという稀代の吉事があったという記録『大乗院寺社雑事記』があるほか、 江戸時代の中頃には、すでに八重の藤がこの位置にあったことが『春日大宮若宮祭礼図』から確かめられます。
文明元年(1469年)にこの地に2本の藤が一夜のうちに生えるという稀代の吉事があったという記録『大乗院寺社雑事記』があるほか、 江戸時代の中頃には、すでに八重の藤がこの位置にあったことが『春日大宮若宮祭礼図』から確かめられます。
■若宮紅梅
天正9年(1581年)に米谷宗慶という人が、長谷寺の「人はいさ」の梅として知られる紅梅を接ぎ木して、若宮社前に献木したことが記録『多門院日記』から分かっています。
戦後の台風で倒れましたが、根元から生えた萌芽が成長し、今も美しい花をつけます。
現在長谷寺にこれにあたる梅はありませんが、この名は紀貫之が長谷寺参詣の折に読んだ「人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香に匂ひける」に由来するものです。
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